Sarajevo Football Project |
サラエボだより

 10月26日〜11月16日(サラエヴォ滞在:10月28日〜11月13日)、SFPの森田太郎、岡崎左希子が4月以降のF.K.Kriloの活動状況の確認のためにサラエヴォに滞在。現地調査を行い、11月16日に帰国しました。
 ここではその滞在中に、現地からSFP事務局のスタッフに向けて送られてきたメールでの報告を公開します。

現地調査の目的

  • 4月以降のF.K.KRILOの活動状況の確認
  • 4月以降浮上した活動における問題点の確認と対処
  • 活動継続に向けた必要調査項目の調査
  • 12月以降再訪問する前までのF.K.KRILOの暫定的な体制づくり
  • スタッフ・メンバーの詳細な情報獲得

現地調査項目 【注】★は調査重要度を表す

  1. F.K.Krilo組織体制 ★★★
  2. メンバー規約の確認 ★★★
  3. 活動に対する周囲の反応 ★★
  4. 活動の登録 ★
  5. 自動車問題 ★★
  6. F.K.Kriloの練習 ★
  7. 練習場問題 ★★
  8. 練習以外の活動
  9. 周囲の状況
  10. 資金獲得に向けて
  11. クラブハウスの状況

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サラエボだより1 2000年10月30日 20:50

送信者: "Okazaki Sakiko Milena."
宛先: Sarajevo Football Project
件名 : [sarajevo-fp] 無事到着したなり!
日時 : 2000年10月30日 20:50

 SFPスタッフの皆さんへ

 到着のご報告が遅れまして、申し訳ございません。森田と岡崎は、27日の午後9時半に、無事サラエヴォに到着致しました。
 クアラルンプールで2時間待たされた以外は東京からの飛行機も順調で、予定よりも早く、27日の夜に到着致しました。

 ザグレブからのバスですが、BiHに入国する際、セルビア人共和国より入りました。途中バニャルーカを通過したのですが、道路など、綺麗に整備されておりました。RS側もかなり綺麗に修復されていました。

 ティナ、ブラネ、アンジェラも変わりなく元気で、温かく迎えてくれました。サラエヴォは今が最高の季節かもしれません。木々は色付き、台地は緑の絨毯に覆われ、空は青く、程よい涼しさで、本当に美しい季節です。2月から4月までの季節しか知らない私には実に新鮮です。

 ティナやブラネは「ケンタはどうした?ケンジはどうした?ダイは元気か?」と聞いてきました。「皆元気だ。」と伝え、「ケンタはとても仕事が忙しい。」と伝えました。

 一昨日、昨日とF.K.KRILOの練習を視察しました。子ども達も、チェロも、バビッチさんも皆元気でした。子ども達との再会は実に感動的でした。
 彼らの成長ぶりが練習や様々な場面から感じられ、幸せな思いでした。

 本日までのチョットした報告は、岡崎より以下に致します。
 私よりは以上です。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

※ 正式な報告書は予定通り火曜日中にお送り致します。以下の報告は、本日までの簡単なご報告です。

10月27日
 ザグレブ市内をサラエヴォ行きバス出発まで散策。セントラルマーケットになんと柿がありました。柿です、柿!クロアティアに柿が、と驚いていたら、さらに驚きが!
なんと名前は“JAPASKA JABUKA”「日本のりんご」です。びっくりしました。
 サラエヴォまでの道のりはとても長く、体中が痛くなったけど窓から見える風景(霧、紅葉、川、街)が幻想的ですべてポストカードにできるほどの美しさで私たちを楽しませてくれました。予定より、1時間遅れで到着。寝ぼけてぐずぐずしていた私たちを“Hajde Japanci!!”と、ティナ・ブラネ・アンジェラが迎えてくれました。

10月28日
FDの小学校で行なわれたトレーニング(10‐12)に行く。
久しぶりの再会に子ども達もとても興奮していた。
数人の子がKriloのTシャツを着て練習をしていた。
アンケート(内容:好きな選手・クラブ・日本の選手・日本についてなど)を渡し、帰り際に数名をビデオ撮影。
RSへの帰り道でKriloの子どもたちの通うIlidzaとVojkovicの学校の子ども達の交流が行なわれていた場所に遭遇。
校庭でサッカーやバスケットボール、お喋りを50名ぐらいの子ども達が楽しんでいた。UNHCRのバスで子ども達の送迎を行なっていたこともあり、誰がどのような経緯で、このプロジェクトを行なっているのかは調査中。この日のKIRLOトレーニングを欠席していたメンバー2名がこのプロジェクトに参加していたし、Krlioの子ども達はすでに同じチームメイトであり友人であるので、率先してサッカーのみにゲームをしている様に見受けられた。
このプロジェクトはこの日が最初の日で、多くの学校関係者や子ども達が集っていた。

10月29日
最高の天気の下、RSの射撃場(ビラの場所)で練習を行なう。KRILOTシャツを着て行なう練習、チームとして一体感が生まれていた。とても楽しそうにかつ真剣に行なっている練習風景を見れた。練習中RSとFEDの交流が4月よりも進んでいることを実感した。特に、一番小さいボヤン・シモヴィッチを皆が可愛がっている。 アンケート回収、やはり中田は有名だが、なんと秋田豊を知っているメンバーがいた。KAZUも有名。
KRILOの活動について数名の感想を録画。

♪報告♪

― 岡崎のPC接続完了。日本語でメールチェックできます。
― ティナは仕事で毎日とても忙しく、サラエヴォにいないこと多々あり。
― チェロ、ワヒダは新しい仕事をやっており、それなりに忙しい。
― アドミール以外のメンバーは全て練習参加。
― ティナ宅にてプリントアウト不可能。サラエヴォ中心街のオフィスのみ可能
― 岡崎は未だ撮影に苦悩。サッカーを知らないと構図が難しい。
― 明日がシェシュリーヤ一家の伝統行事の日で、多くの人が集います。
― セミルは建治にとても会いたがっています。彼は今もなお、正GKです
― 本日10/30(月)20:00〜スタッフミーティング開催
― 11/5(日)18:00〜保護者会を開催
― 子ども達には形式ばったものではなく、練習後に一人ひとり聴いて行くことにした。
― F.K.KRILOのTシャツのエンブレムは洗濯を繰り返すうちに、剥がれ落ち、数名のTシャツにはエンブレムがなかった。

森田 太郎 & 岡崎 左希子

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サラエボだより2 2000年11月2日 3:54

送信者: "Taro Mihajl Morita"
宛先: Sarajevo Football Project
件名 : [sarajevo-fp] サラエヴォ便り−第2便−
日時 : 2000年11月2日 3:54

 SFPスタッフの皆さんへ

 昨晩は「スラーヴァ」というセルビア正教徒の伝統行事(日本で言えば、彼岸や法事のようなもの)で、ティナのクリスティーナ家は大変な数のお客さんが集い、大変な騒ぎでした。
 伝統文化を自らが参加し、味わえたことに感激しました。セルビア正教特有の煙に包まれながら、行事は極めて神聖に行なわれたと思えば、後はもうお祭りでした。この行事は各一族が1年に1回行ない、多くのお客を呼び、一族の神に感謝するのです。ちなみにクリスティーナ家は「ルーカ」という神だそうです。

 今日は、サラエヴォの街に繰り出しました。街の様子は少しですが、綺麗なビルが建ち並び、UNMBIH(国連ボスニアミッション)の建物も移動し、素晴らしいビルになっていました。
 11月11日が大統領選挙を含めた、ボスニア総選挙のため街には各政党の選挙広告ポスターが所狭しと貼ってありました。現在好調のSDP(社会民主党)やむスリム民族主義政党のSDA(民主行動党)、クロアティア民族主義政党のHDZ(クロアティア民主同盟)のポスターが目立ちます。ヨーロッパの共通の流れがここBiHにも押し寄せており、SDPが優勢だと思います。
 ボスニア連邦(ムスリム人&クロアティア人)にSDPのキリル文字のポスターがあったのには驚きました。やはり、政治のレベルでも徐々に雪解けが始まっているようです。

 今日、街を散策するついでにボスニアサッカー協会に寄りました。F.K.KRILOの登録について伺おうと訪れたのですが、最初に通された部屋がなんとディレクターの部屋で、そこではボスニアのナショナルチームの監督もおり、F.K.KRILOの活動について、かなりのお偉い方と話すことが出来ました。
 これは本当に運のいいことだと思いました。感激のあまり、協会を出た後、しばらく興奮していました。
 彼らとは、F.K.KRILOのチーム構成、現状について話し、今後サッカー協会に登録したいので、どうすれば良いかということを話しました。最初は硬い表情で話していたのですが、私が日本で審判をしていると言うと、急に話が和やかに進み、サッカー談義に華が咲き、盛り上がりました。やはり審判活動は重要です。
 彼らはF.K.KRILOにセルビア人もおり、セルビア人共和国でも活動しているということを「子ども達が交流していることに、何の問題もない。登録にはなんの問題もない。」と言ってくれました。
 かなり興味を持ってくれたらしく、チーム構成や、チームの状況などいろいろと聞かれました。
 ただ、登録する前に、自治体(サラエヴォ市の両地域)に登録する必要があるとのことです。まず、活動主体の登録が必要らしく、それをクリアすれば、晴れてサッカー協会公認のクラブとなります。
 本当に感激です。
 さらに、「明後日また来い。代表のユニフォームをあげる。」と言ってくれました。
 ほんのチョットの会話だったにもかかわらず、信じられない持成しを受けました。

 今もなお感激中です!!

 さて、その後ブバマーラに行き、パシィッチさんに挨拶してきました。彼は今日、1stチームが優勝した祝勝会があり、忙しいようだったので、久しぶりの再会の挨拶のみで帰り、再訪することにしました。

 F.K.KRILOは飛躍的な発展を遂げそうな感じを受けます。民族間の交流がここ半年でかなり飛躍的に進んでおり、F.K.KRILOの活動にとって素晴らしい状況を作り出しています。

 「慎重かつダイナミックに!」というスタンスが、ここに生きそうです。後2週間チョットですが、これは本当に楽しみになってきました。

 今日の出来事を良く考えると、日本で言えば、いきなりトルシエ監督と岡野会長に会うようなものです。やっぱ良いですよね、このバルカン気質!最高です!!

 明日は、CLSについてゾランを通じて、調べたいと思います。CRSとの関係が持てれば、両地域での活動における移動手段でUNHCRのバスが使用できるかもしれません。
 これは詳しく調べ、良く話し合うべきだと思います。

 登録に関してですが、ゾランが言うには両地域の自治体に登録すべきだとのことです。DBSはFEDのみの登録でしたが、RSでも登録しておく方がいいのではということでした。
 RSに関しては、ルカヴィッツァに行って聞いてみようと思います。

 頑張りますよ!!充電は充分です!!

 しかし、岡崎はちょっと風邪気味で、現在ぐっすり寝て、休んでいます。ちなみに今、私達はチェロの家で生活しています。先述の「スラーヴァ」のため、ゲストが泊まっているからです。
 チェロとF.K.KRILOのことをいろいろ話せるので、なかなか良い機会だと思っています。ユーゴスラヴィア語も成長するので、私達には最高の環境かもしれません。

 またまた報告します。

 森田 太郎

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サラエボだより3 2000年11月5日 7:50

送信者: "Okazaki Sakiko Milena."
宛先: Sarajevo Football Project
件名 : [sarajevo-fp] サラエヴォ便りー3ー
日時 : 2000年11月5日 7:50

書いた時期と、送る時期が少々づれてしまいましたが、送ります。
お許しください。ZAO MI JE!

サラエヴォ便り

岡崎左希子復活です。(広樹口調….)
ヴォイコビッチは日に日に落ち葉が散り、寒くなってきています。季節の変わり時、多くの人が風邪に苦しんでいます。(一応言い訳のつもり)

 昨日はティナの仕事場の1つであるMOSTAR事務所をブラネと訪れました。私にとっては初めてのモスタルで少々どきどき気味。
 美しい濃青緑のネレトバ川に沈む夕陽をSTARI MOSTOの仮設用にかけられた木造の橋から眺めました。イスラムのお祈りアザンと教会の鐘が背後に聞こえ、不思議な空気に包まれていました。以前見たNHKスペシャルのアナウンス「かつてこの町には、、、、、」が、頭の中でこだまし今自分がその場所にいることを思うと、、、と太郎は語っていました。
 気になるSTARI MOSTOの再建の話ですが、また洪水のため流され、現在のところめどはないそうです。
 帰りは夜で真っ暗にもかかわらず、ブラネがあのくねくねする道を時速120キロでとばし1時間半で家にたどり着きました。車の窓からは満天の星空が広がり、流れ星さえも見ることができました。

 今日3日、金曜日。ミーティングですね。広樹議事頑張ってください。横浜市立での文化祭も報告楽しみにしてます。
 VOJKOVICIではラキヤ作りが行なわれています。汽車のような大きな機械(?)で果物の入った汁を蒸発させています。
 1年間のラキヤを今日と明日で作るようです。
 セシュリア家ではなんでも手作りで作られているので感動です。

Pozdorav od Sarajeva

さきこ

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サラエボだより4 2000年11月6日 19:47

送信者: "Taro Mihajl Morita"
宛先: Sarajevo Football Project
件名 : [sarajevo-fp] サラエヴォ便り-第4便-
日時 : 2000年11月6日 19:47

 SFPスタッフの皆様へ

 日本では木枯らしと呼ぶ季節の変わりめを伝える、激しい風がSarajevoを一晩かけて吹き抜けました。
 雪の降る気配があると、皆は語っています。
 厳しい冬の到来を前に、ティナ宅のしたに住むヴェセリコとゴーシャは落葉する木の下でラキヤを作っています。蒸留機で少しずつラキヤを搾り出しています。この秋に作ったラキヤが、冬の食卓に並び、そして僕と健太さんを悩ませたように朝から人々の喉を通って行きます。寝起きのラキヤほど厳しいものはなかったと、健太さんと私は記憶していますが、風邪で倒れている健太さんには、今すぐにでもラキヤを届けたく思います。

 今朝は、チェロが冬を前に豚を1頭あの世行きにしました。
 寝起きに、パックリやられた豚を見るのは、実に目覚めに良いものでした。この姿を見てこそ、有難く豚さんを頂けることと思います。スーパーに「ロース」とパックに入っていても、それはもう肉ですが、しっかりと生命を受け継ぐという意識を持つことが、今日のようなものを見ることが出来て初めて出きるのだと思います。

 さて、突然ですが、本日の15時にロンドンより「ヴォイコヴィッチの伝説」Mr.黒田がやって来ました。彼が来るということに、Vojkoviciは大騒ぎ、シェシュリーヤ家のみならず、一緒にサッカーをした面々も「面白い日本人が来る!」とニコニコしていました。
 彼はなんの変わりもなく、ここサラエヴォにその後光みなぎる雄姿を表しました。これからが楽しみです。
 F.K.KRILOの姿を彼にも見てもらい、感想をもらおうと思ます。

 今日はBIGなご報告を致します。昨日は1日中歩き回って「登録」に関して聞きまくりました。ボスニアサッカー協会から裁判所、サラエヴォ市役所、サラエヴォサッカー協会と一人でトボトボと歩き、いろいろ聞いてきました。どうやら、活動登録は必要なようで、サッカー協会への登録の前にまず役所への登録が必要で、登録を終えてからサッカー協会は登録に必要な書類等をくれるとのことでした。
 それゆえ、裁判所、市役所と点々と歩き回ったのですが、どうやらどこも管轄していないようでした。

 その後、ブバマーラに行きパシィッチさんと話し、登録の方法がやっとわかりました。
 スポーツクラブ登録にはまず弁護士が必要で、弁護士が必要な手続き等を教え、公的手続きなどをしてくれるようです。登録費用はDM500〜600だそうです。そして、この費用は最初に支払えば、良いようです。ただ、サッカー協会へのリーグ戦に参戦した際は、毎年登録費用がかかります。

 登録に関しては、得られた情報をもとにスタッフと話し合い、両地域の子どもたち、そしてスタッフ、保護者にとって一番良い形で、登録する方向で報告したいと思います。

 さて、とてつもないBIGニュースを差し上げます。

−親善試合−
11月12日(土)
14:30キックオフ
スタディオン ブトミール

BC ブバマーラSarajevo VS FK クリロSarajevo

パシィッチさんとの階段で、約束致しました。しかも、フットサルではなく、サッカーの試合です。30分ハーフで行ないます。主審は私がすることになりました。

 火曜日にもう一度ブバマーラのオフィスに行き、パシィッチさんと試合について話を詰めることになっています。

 保護者会は日曜日の18時より行ないます。告示は住んでおります。
 また、月曜日は13時よりCRSのプロジェクト責任者と会うことになっています。学校間の交流プロジェクトについて話を聞いてこようと思っています。

   本日はこれまで。

※ このメールは11月3日(金)に作成したものです。

 森田 太郎

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サラエボだより6 2000年11月7日 19:00

送信者: "Sakiko Milena. Okazaki"
宛先: Sarajevo Football Project
件名 : [sarajevo-fp] TGHヨ閖U|
日時 : 2000年11月7日 19:00

サラエヴォ便り−6−

寒さに震えながら書いています。ティナ家の暖炉には火がともっていなく、かといって私は自分でつけることが出来ないのでしょうがありません。もうみんな寝ており、静まり返っています。

ティナが寝る前に「雪のにおいがする。今週中に必ず雪が降る。もしかしたら明日かもしれない。」と嬉しそうに言っていました。スキーの大好きな彼女には、雪の訪れが確信できる様です。実際に夜・朝はかなり冷え込んでいるし、ヴォイコヴィッチではもうすぐ雪が降ってもおかしくはないと思います。ここでは早い時は10月から雪が降るそうです。

その長い冬に備えて、食料の準備も進んでいます。ご存知のようにシェシュリア家ではラキヤを作り終え、さっそくその味を楽しみました。今日はそのラキヤ機械を使って隣の家がラキヤを作っていました。たぶん大きな機械だから地域で共同で使っているのだと思います。お店で買うラキヤよりも、こうやってフルーツを発酵させて蒸留させて手間隙をかけて作るドマーチ(家庭)ラキヤは美味しさが一層増すのだと思います。
「確かに味は格別に良いと思う。香りが違う。」太郎談

また、11月後半には慣習的に、ヴォイコヴィッチ中の家庭で豚肉作りが行なわれるそうです。チェロの家で先日行われた事をです。シェシュリア家でも来週行なうそうです。豚さんのその姿を見ると豚肉のありがたみが良く分かるのですが、どうも私は血の生臭いにおいが周囲に漂って我慢することができません。その翌日は、美味しい家庭のジゲルツ(キモ)を食べる事ができ、昨日キモが大好物の太郎はチェロの家でご馳走になっていました。

シェシュリア家の玄関の前に立ち、リンゴと洋ナシの合体したようなフルーツ、ドゥーニャは、生のままで食べるには渋すぎるのでジャムやジュースにする様です。ちなみにそのジュースは、リンゴとベリーの味が融合していて最高で、太郎はベオグラードで毎日それを飲んでいたそうです。またリンゴのいつでも欲しい時に木からもぎ取り、食べる事ができ私の大好物です。
隣の家との垣根に生えている木いちごも、堂々と隣の家の庭に入りアンジェラと取って美味しくい食べました。

さて、今日はCRS(Catholic Relief Service)の学校間交流を担当しているスタッフとの面会をし、互いに活動の情報交換し、今後もコンタクトを取りサッカーの交流試合等を今後一緒に出来るように連絡を取りあおう、という話になりました。
ミーティングを行なったヴォイコヴィッチの小学校のディレクターが私達のことにとても興味を持ってくれ、「今度小学校の授業の見学に来ないか?日本語を教えてくれないか?」と言われました。もし時間があったら良い機会だし、今後のことを考えてやってこようと思います。

帰宅したら、お料理上手のゴーシャと一緒にピタを作りました。
今までに4人のピタ作りを見たのですが、生地の丸め方は4人4様です。地域、家庭によってこの違いは生まれるのでしょうか?
フレンバーはかぼちゃ(パンプキンパイみたいに甘くなく塩辛い)、ジャガイモ、チーズと青菜です。手作りのピタを炭火で焼くのでますます美味しさが増すのでしょう、みんなでつっつくと直径60センチほどの大きなピタがあっという間になくなりました。

夜はスタッフミーティング。全員参加のもと、昨日の保護者会の意見を反映させ進めました。詳しい報告はまた後日に行ないますが、保護者同様に;
・ 今後もF.K.KRILOの活動は続けていきたい。
・ しかし、F.K.KRILOを大きなクラブにするのではなく、今の状態で活動を継続していく事を望んでいる。
・ 最低限の用品(ユニフォーム・車等)を要する事は必要である。
とのことでした。

さてさて、ヴォイコヴィッチを取り囲む山々はオレンジ・黄色・赤の色よりも茶色が目立ってきました。もう冬はすぐそこです。
F.K.KRILOの室内練習場を確保しなければ…。

それでは、ラクノーチ!

さきこ

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