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サラエヴォに灯る希望の光

このコラムでは現在サラエヴォに滞在中のSFP代表森田太郎が現地の様子、活動を通して感じたこと、出来事などをご紹介します。

【第1回】 「帰郷」
【第2回】 「まだ遠い光の点」 〜前編〜
【第2回】 「まだ遠い光の点」 〜後編〜
【第3回】 「心の中のトンネル」
【第4回】 「皮肉な楽園」

 

【第2回】 「まだ遠い光の点」 〜後編〜

(2003/05/02)

バニャルカ産のネクタルビールとともに夜はふけていった。

 バニャルカ産(※3)のネクタル・ビール(Nektar Pivo)を飲みながら、ぼくはアーツォ、チェロ、そして2人の友人たちと語り合った。始めはイラクの戦争についての話しだったのだが、少しずつ話のベクトルが彼らの方角へと向かい始めていることをぼくは気づいていた。ぼくがそうさせたのか、彼らが望んでそうなったのか、ビール片手だけに、きっかけははっきりとしない。
 
 「セルビア人共和国の俺たちを可愛そうだと思わないか?」と車の登録と保険を仕事とする友人のひとりが口火を切った。
 「セルビアという国があるのに、ボスニア・ヘルツェゴビナにいなくてはならないからか?」
 「そうだよ。だいたいおかしいんだよ、ムスリムは俺たちやクロアチア人を嫌い、俺たちはムスリムやクロアチア人が嫌いだ。それにクロアチア人も同じこと。なのに、何で一緒にいなくちゃいけないんだ?これはおかしいだろ?」
 「そりゃ、君たちがセルビアと一緒になりたいという気持ちは理解できるよ。同じ民族だし、隣だしね。でも、国際的にこれ以上の国境線変更は認められていないんだよ。だから、コソボはまだセルビアの中にあるでしょ?同じように、ボスニアの国境線変更は無理だよ。それにセルビア人共和国がセルビアと合併すればヘルツェゴビナのクロアチア人も黙っていないだろね。クロアチアと一緒になる。そうなるとボスニアック人(※4)だけがボスニアを作るわけだ。」

 彼だけでなく、全員がビールを飲みながら頷いた。ビールは早くも苦く感じられていた。

 「素晴らしいと思わないか?これ以上の未来はないと思うぜ。」
 「でも、そんなことをしたらボスニアのように多くの民族を抱えている世界中の国々で紛争が起きることになるよ。コソボがまず最初に火を吹くと思うけどね。どうするの、コソボは必要ないの?9割がアルバニアの人々だよ。君たちの案だとセルビアにはこれっぽちも残らないと思うけど。」
 「コソボは間違いなくセルビアのものだ!」
 「だから、それがおかしいんだって!なんでもかんでもセルビアのものじゃないんだよ。ユーゴスラビアの最期の時に、多くの共和国が独立を望んだ、国境線変更だね。これを容易に認めることは出来ないけど、一部のヨーロッパ諸国が認めたことで独立することになってしまった。これは大きな間違いだったと思う。でも、その後に連邦から、今のセルビア・ツルナゴーラ(モンテネグロ)のような国家連合案が出たはずだが、それを蹴っ飛ばしたのは誰だい?」
 「ミロシェビッチ」
 「ミロシェビッチかもしれないけど、セルビアの人々の多くがそのミロシェビッチを支持したわけでしょ。結局どうなったかというと、戦争!戦争が必要だったのか?だいたい、君たちのさっきの考えもそうだけど、ユーゴスラビアをセルビアのものだと考えるから、戦争になり、結局何もかも失ったじゃないか。」
 
 今まで戦争やユーゴスラビアの民族問題など一度も彼らと話したことがなく、初めてのことで、ぼくとしても慎重に構えるつもりだったが、悪い癖でつい熱くなってしまった。今になって反省している。

 アーツォとチェロは黙っていたが、友人は納得がいかないのか話を戻した。

 「とにかく、セルビア人の俺たちはボスニア・ヘルツェゴビナなんか国だと思っていないぜ。俺たちにとってセルビアこそが国なんだ。」
 「君たちがセルビアに帰属意識があることはわかると言ったよ。だけど、国境線は変更できないよ。」
 「なぜ!!??」

 彼にとってはどうしても、国境線の変更が認められないということを受け入れたくない様子だった。ぼくはこれ以上の国境線の変更を認めないという国際協定であるヘルシンキ協定について説明した。しかし、彼はまったく納得がいかないのか、タバコを吹かしながらあきれた顔でぼくを見つめていた。
 すると、もうひとりのSFOR(※5)の駐屯地近くにあるアメリカの会社で働く友人が口を開いた。
 
 「スロベニアやクロアチアは独立したいと言って認められ、なぜ俺たちだけ認められないんだ?これはアンフェアだな!」
 「1974年のユーゴスラビア憲法を考えてほしい。74年において、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、ツルナゴーラ、そしてマケドニアには独立する権利が与えられている。でも、コソボやボイボディナにはない。だから、今もコソボはセルビアの中だよね。要するにその時の憲法における共和国以下の国境線変更は無理ということだよ。これは君たちの国が作った憲法だからね。」
 
 再びタバコを吹かしていた友人が割って入った。
 「『民主主義、民主主義』とよくアメリカが言うが、ボスニア・ヘルツェゴビナには民主主義がないぜ。おれたちは望んでいるんだ。選挙をすれば一発だよ。なのになぜ独立できない?おかしいだろ?」
 「おかしくないよ。ここの民主主義は理解できるけど、国際社会にも民主主義はある。ボスニア・ヘルツェゴビナが望んでも世界の国々がノーなら、答えはノーだよ。」
 「やってらんねぇぜ!国際社会なんてないよ、アメリカの社会じゃないか!イラクを見てみろよ、あんなの認めていいのかよ?」
 「君たちのアメリカに対するその意見に関しては同調できるけど、今はその話ではない。OK!ちょっと聞きたいけど、いいかな?」
 
 息が荒くなっているようだったが、ぼくは自分自身を冷静にするためにも一呼吸おいた。大切な友人たちと今夜の話で熱くなりすぎて、今までの絆を失いたくない。皆がネクタルを口にし、落ち着いたところで話を始めた。

 「ボスニア・ヘルツェゴビナはどうやって生きていくのかな?何でお金を稼ぐんだい?」
 全員が拍子抜けのような顔をしながら、顔を横に振って目をつぶった。そして、「なんもないね!」とアーツォが答えた。

 「ここからが本題ね。君たちの意見を認めたとして、セルビア人共和国がセルビアと合併、ヘルツェゴビナがクロアチアと合併するでしょ、残されたボスニアック人がボスニアを作る。そうだよね?」
 「そのとおり、最高だね!」
 「君たちにとってはね。セルビアはドナウ川があり、ベオグラード(※6)というバルカン半島における大都市がある、そして肥沃な大地もある。クロアチアはダルマチア(※7)やイストリア半島(※8)のの裕福な観光資源があり、西側とも近い、またサバ川(※9)もあり、農耕に適した大地もある。セルビアとクロアチアは生きていけるだろうね。EU入りの可能性もある。でも、残されたボスニアはどうなるだろう?」
 「そりゃ、ムスリムが勝手にやりゃあいい!自分たちの国家がもてるんだ、嫌いなセルビア人もクロアチア人もいないんだぜ、最高だよ!」
 
 ぼくはこの言葉にすべてを感じ取った気がして、次の質問に移った。

 「じゃあ、ちょっと聞いてほしいんだけど、ボスニアはセルビアとクロアチアに囲まれて周囲の国境は全てクロアチアかセルビアだよね。しかも、嫌いな相手ばかり、でもセルビアとクロアチアには様々な国境がある。そこで聞きたい。」
 ぼくはここで、テーブルの上のペーパーナプキンにペンでボスニアと周辺国の同じ地図を2つ書いた。その1つは彼らの案通りセルビア人共和国とセルビアが合併し、ヘルツェゴビナがクロアチアに合併しているという地図だ。ぼくはそれを指差し「こういうことだよね?」というと、彼らは「その通り」と言った。
 そこで、ぼくはもう1つの地図に今度は仮想でセルビアをボスニアックの国家とし、セルビア人共和国をボスニアック人共和国とした。そして、先ほどの地図で取り残されたボスニアをセルビアとした。そしてこう質問した。

 「もし、君たちがこの地図のように今のボスニアック人と同じ立場だったとしたら、どうする?最高か?どうなの?全部嫌いな民族に囲まれて、大きな川もない、海もない、肥沃な大地もない。どうなの?」

 この質問にはじめて彼らは閉口した。ぼくは少しだけこのボスニア・ヘルツェゴビナが7年間でほとんど進歩しないで時を重ねてきた原因がわかった気がした。それは、「狭い視野と寛容のなさ」だと。
 ボスニアック人はボスニアック人だけの国家を望んでいるが、具体的に生きていく糧を見出していない。セルビア人とクロアチア人はこの国からの離脱を考え、残されるボスニアック人の立場を考えない。
 
 ボスニア・ヘルツェゴビナの中でも、セルビア人共和国、ボスニア連邦、連邦の中でもボスニアック人地域とクロアチア人地域での生活に終始し、その中で物事を見つめる。そのために視野は非常に狭く、自民族のことにしか頭が働かない。また、自民族だけとの生活が多いため、異文化、異民族への寛容な心が回復しない。そのために、非常に内向的な考えに凝り固まっている。
 
 このことがボスニア・ヘルツェゴビナを発展させず、7年という歳月を無にしているのだとぼくは感じた。

 結局Frogが閉店しても話は終わらず、はしごして明け方まで語ったが、彼らの気持ちは変わらなかった。

 家までアーツォが車で送ってくれた時も、この話が続いていたが、最後にアーツォは言った。
 「俺はイリジャで生まれ育ったことをミーシャは知っているだろ。俺にもたくさんのムスリムやクロアチア人の友人がいた。でも、戦争が起きたんだ。俺は望んでいないぞ。起きてしまったから銃を持った。ミーシャの言うことはよくわかっているよ、でもな……」
 アーツォは車のスピードを少し緩めて、タバコを取り出し火をつけた。
 「時間が必要なんだよ。」
 「でも、7年も過ぎたんだよ。」
 「もっと必要なんだよ。本当にもっともっと必要なんだ。時間だよ、時間だ……」

 シャワーを浴び、頭を切り替えようとしても頭の中には飽和状態のタバコの煙が支配していた。闇だ。闇にしか感じなかった。
 でも、アーツォの言葉だけが、闇に差し込む1点の光となってず〜っとず〜っと上のほうで小さく光っていた。
 
 「時間が必要だ!」

 ぼくは自分自身に言い聞かせた。「もっと冷静になれ!」と。
 戦争を経験した彼らの気持ちを理解することなど、経験していないぼくにはできない。それにも関わらず、彼らに熱くなって話してどうするんだと。
 「時間が必要だ!」というアーツォの言葉が痛かった。また、ぼくはアーツォに気づかせてもらったと思った。ここの人々は心の奥深く、本当に深い深いところでは決して憎み合ってなんかはいない。でも、ぼくが闇と感じたように、彼らも闇に包まれている。時間だけが小さな小さな光の点として手の届かないところで光っている。

 静かなボイコビッチの朝がもうすぐ明けようとしていた。


※3 バニャルカ:ボスニア・ヘルツェゴビナ北西部の都市。セルビア人共和国の中心都市。
※4 ボスニアック人:ボスニア・ヘルツェゴビナ国内のイスラム教徒のことを言う。
※5 SFOR:ボスニア・ヘルツェゴビナの和平執行のために駐留するNATO軍主体の平和安定化部隊のこと。サラエボ国際空港のあるブトミールに大きな基地がある。
※8 イストリア半島:クロアチア南西部に位置する半島で、イストリア文化を誇った中世都市。世界遺産の円形闘技場がある。
※9 サバ川:スロベニアを源流とし、クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナの国境線を形成し、ベオグラードでドナウ川と合流する河川。