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(「新横浜パフォーマンス2001」SFP記者発表会より)
●岩谷高峰さん(サラエボオリンピック・アルペンスキー日本代表選手)
「私は、子どものころからずっとスキーをやってきました。家は牧場を経営していて、決して裕福ではなかったので、オリンピックを目指してがんばりました。その努力が実り、やっとの事で出場を実現できたのが、サラエボオリンピックでした。そうした、自分自身の思い入れも強かったので、このSFPの活動を知って、強く共感しました。サラエボの子ども達が、サッカーという夢を形にできるように、少しでも力になることができればいいなと考えています。
また、私が1984年のオリンピックの際に訪れたサラエボは、ほんとうに美しい街でしたが、この度の内戦によって、残念ながら、その美しい風景も破壊されてしまいました。
しかし、今の子ども達の世代が大人になり、また昔のような美しい街を取り戻してくれることを信じて、彼らを応援して行きたいとも考えています。
本日、ここに集まって下さったみなさんにも、是非、様々な形で、彼らに協力していただければなというふうに考えています。よろしくお願いします。」
●アジズ・ハジムラトビッチさん(在日ボスニア・ヘルツェゴビナ大使館・参事官)
「今日ここに集まって下さった皆さん、スタッフのみなさん、ありがとうございます。
私達は、ボスニアにスポーツ文化が根付いている事を誇りに思います。特に、1984年のオリンピックは大きなイベントでした。また、2010年のオリンピックを開催できることを楽しみにしています。
ボスニアでは、昔から、たくさんの民族が一緒に暮らしている事が誇りでした。近年の戦争は、ボスニアにとって、とても困難な時期でした。そういった状況の中で、このサラエボ・フットボール・プロジェクトは、ボスニアの若者達に、多民族が一緒に暮らすことの大切さを気付かせてくれる、良いお手本であると感じています。そのようなことによってのみ、昔のような良きサラエボを取り戻す事ができるのではないかと考えています。
大使館として、他民族に対する多様性を育て、平和を築く活動を行っているサラエボ・フットボール・プロジェクトを応援します。みなさんがんばってください。」
(「新横浜パフォーマンス2001」SFP記者発表会に欠席された方からのメッセージ)
●広瀬佳一さん(秋野豊ユーラシア基金事務局長)
秋野豊ユーラシア基金は、ユーラシア大陸の平和と国際貢献に取り組む若い人材を育成するための秋野豊賞の第一回受賞者に、SFP代表の森田太郎氏を選びました。森田氏の提唱する民族和解プロジェクトは、民族混住の地ボスニアにおいて、異なる民族の子どもを対象にサッカーを用いて地域社会の交流を行う「予防外交」の試みとして位置づけることができます。民族間憎悪が学習によって植え付けられるとすれば、そうした学習を経ていない子どもを対象にした交流の試みは、将来の民族和解のための重要な足がかりとなるでしょう。サッカーという、やや意表をついた方法を用いることで、このプロジェクトは若者らしい夢のあるプロジェクトとなりました。秋野豊ユーラシア基金は今後もSFPを応援します。
2001年5月26日 秋野豊ユーラシア基金事務局長 広瀬 佳一
●柴宜弘さん(東京大学大学院教授)
FKクリロが大きく翼を広げて、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ中に友好と信頼の絆が回復し拡大していくことを期待しています。頑張れ、FKクリロ!
東京大学大学院教授 柴宜弘
●ヤドランカさん(歌手)
子どもたちがサッカーを通して、文化交流をすることは素晴らしいことだと思います。いつの日か、子どもたちのオリンピックが、サラエボで開かれることを心から願っています。
ヤドランカ
●信藤健仁さん(元日本代表 サッカー解説者)
このたびは、イベントの開催おめでとうございます。私は、日本代表時代や引退してヨーロッパのサッカーを解説するようになって、現地の歴史を知るようになりました。民族の歴史は、戦いの歴史でもあります。日本のような海に囲まれた地域では、決して理解できないような紛争がいたるところであります。これを全て否定することはできません。
なぜなら自分達の手で自分達を守らなければならないという、大きな責任のもとに戦っているケースがほとんどだからです。しかしこの戦いには終着点はありません。多くの悲劇も当然生まれてきます。
私たちは民族の歴史を無視することなく、その上でできることは何かを模索しなければならないでしょう。サッカーを通じてお互いを知り合うこと、少しでも相手を理解することは大きなきっかけになるような気がします。サッカーに国境はありません。
サッカーの本質は相手へのリスペクト(敬意)です。イベントの成功を心からお祈りいたします。
2001/5/23 元日本代表 サッカー解説者 信藤健仁
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