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「F.K.Krilo」活動紹介
F.K.Krilo創設からこれまでの主な活動です。
2002年3月
2002年2月
2002年1月
2001年12月
2001年11月
2001年10月
2001年9月
そしてさらにひたすら練習に励む日々が続く・・・
2001年8月
ひたすら練習に励む日々が続く・・・
2001年7月
2001年6月
FKオリンピック・サラエボとの親善試合: サラエボの名門サッカークラブのひとつ、FKオリンピック・サラエボとの親善試合が 行われた。
2001年5月
SOS Kinderdorfとの親善試合: SOSKinderdorfは戦争孤児を引きとり、ケアをしているNGO団体。 SOSスタッフに連絡を取ったところ、交流試合を快く引き受けてくれた。 今回は、サッカーチームを持たないSOSキッズと、クリロッチで混合チームを作り、 対戦することとなった。サッカーチーム以外との交流はF.K.Kriloにとってははじめて。
2001年4月
SFPカップ開催: BubaMaraに加え、F.K.Butmir(FED)、F.K.Slavija(RS)の3チームを招き、大会を主催。 F.K.Kriloは惜しくも3位ではあったが、両地域からの参加があったことには 大きな意義があった。
親子サッカー大会: 初のKrilo Parents vs Krilo Kidsの試合。 準備運動をする父親の姿を見て、子供達はおなかを抱えて笑いながら、 やじを飛ばしていた。しかし試合を始めると父親軍が予想以上に手ごわいのに ビックリ。「遊びで試合をすると負けてしまう!」とクリロっ子たちも必死に応戦。
F.K.Butmirとの親善試合: SFPカップで対戦できなかったF.K.Butmirから親善試合に招待され、親善試合を行う。 結果は3-0でF.K.Kriloの勝利。
2001年3月
東京スタッフ、クリロを訪問。
F.K.Krilo保護者会開催: 9名の保護者と現地スタッフ、代表と東京スタッフでミーティングを開く。
F.K.Kriloスタッフ・ミーティング開催: これまでの活動の評価と、これからの方向性について議論が行われた。
2001年2月
F.K.Krilo創設から1年!: これまで現地で活動のサポート・コーディネートを全てこなしてきた現地スタッフ、 本当にありがとう!クリロッチもサッカーチームとしても確実に成長し、また それぞれの子供が1年前とは比べ物にならないぐらい大人になってきています!
2001年1月
2000年12月
2000年11月
BubaMaraとの親善試合: ロス・タイムで見せた底力!2-2で引き分ける! まるで試合に勝ったかのように熱狂したスタッフ・保護者・クリロッチは そのままカフェへ流れ込み、祝賀パーティ!
2000年10月
東京スタッフ2名がF.K.Krilo視察訪問: 現地スタッフとの契約更新。
2000年9月
2000年8月
東京スタッフのサラエボ訪問: クリロ練習着のTシャツ(ボンボネーラ協賛)を届ける。子供達の写真を撮影。
2000年7月
日本人写真家がF.K.Kriloを訪問: 写真家・斎藤美紀さんが現地を訪問し、F.K.Kriloを視察。子供達の写真を撮影。
2000年6月
2000年5月
2000年4月
現地スタッフが正式に就任: スタッフ・ミーティングを重ね、現地体制が正式に発足。 コーディネーター2名、トレーナー2名。 (共に、セルビア人、ムスリム人各1名づつからなる。)
2000年3月
F.K.Krilo初の親善試合: ボスニアで最強のサッカースクールである、「BubaMara」と初の親善試合。
2000年2月
F.K.Krilo創設!: サラエボ・フットボール・プロジェクト代表・森田のサラエボ訪問に際して作成 した企画書をもとに、当時民族融和活動を行っていた、現地NGOである"Danas za Bolije Sutra (DBS)" (『より良い明日のための今日』の意)のディレクター、 クリスティナ・シェシュリーヤと共にクラブを創設。ムスリム人・クロアチア人 居住地域であるIlidzaという町にて、初の練習を行う。 また、ムスリム人・セルビア人合同の練習も行われるようになる。
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