この日、セルビア人共和国側はFKファモス・スルプスカ イリジャの試合があったことで、新メンバーのダミル・メティリェヴィッチのみの参加だった。ここで新メンバーのダミルの紹介をする。
彼はボスニアック人の父親とセルビアの母親の間に生まれた子供で、現在セルビア人共和国のヴォイコヴィッチに住み、ボスニア連邦のフラスニツァの小学校に通っている。両親が離婚したために、今はヴォイコヴィッチで母親と共に住み、父親の住む町の学校に通うという生活をしている。彼の名前、苗字共にボスニアックのものである。離婚しているのはとても残念だが、彼が実践している日々の生活は、FKクリロの精神と一致するもので、彼の存在はこれから大きなものとなるであろう。
また、この日は多くの再会劇があった。
アドミールと、バステンの兄・アネルが練習にやってきてくれた。彼らはトラム、バスに乗ってやって来てくれた。アドミールはイリジャからバスで15分のハジッチに引っ越していた。彼は「毎回は厳しいができる限り練習に来たい」といっていた。アネルと弟バステンは同じくイリジャながらも練習場からはからトラムで10分の所に引っ越していた。彼らもアドミール同様に練習には来ると言ってくれた。私はアネル、アドミールとの再会を心底喜んでいたのだが、私以上に喜んでいたのがバビッチさんだった。バビッチさんはアドミールを抱きしめては「よく来たなぁ」とニコニコしていた。
更にこの日は1年半ぶりの復活劇が会った。1年前の3月初旬、ヴォイコヴィッチでの練習を始めた直後から練習に来なくなったセディン・ノクトが練習にやって来た。セディンはヨシケンがいた時に行った初の合同練習にいた小さなプレーヤーで、ピクシーのようなプレースタイルでパス良し、シュート良し、ドリブル良しの最高のファンタジスタだ。親が戦争によって奪われたこともあって、ヴォイコヴィッチでの合同練習開始から来なくなった彼だったが、イリジャを歩くたびに会い、よく話したものだった。その彼はFKサラエヴォでサッカーをしていたのだが、ソコロヴィッチ(イリジャ−フラスニツァ間にある集落)に引っ越したこともあって、もう辞めていたそうだ。その彼は、昨日の練習前にバビッチさんに「今日からこのクラブで練習させてください。」と自分で言いに行った。今後は家庭訪問という大きな壁があるが、彼が参加しようと思った気持ちには、心から喜びを感じている。
さて、この日はイリジャ第一プライマリースクールの体育館とミニスタジアムをフルに活用した練習であった。実に充実したもので、コーチ2人が自分たちで工夫しながら練習の質の向上をはかってきていることを肌で感じるものであった。
軽いウォーミングアップが終わると、両コーチは年少グループと年長グループに分け、練習を行った。
バビッチさんが年長者を受け持ち、前半は外のミニスタジアムで6対6のミニゲームを行い、攻撃の組み立て意識を指導した。プレーの途中で何度かプレーを止めて、フィールドを広く使った展開意識を繰り返し伝えていた。後半は体育館で3対3のミニサッカーが行われ、4チームトーナメントが行われた。アーディスとアドミール、セディンのパスワークは素晴らしく、ワンタッチでの展開からの美しいゴールが何度も飛び出した。
チェロは年少者を受け持った。前半は体育館でボールコントロール、特にパスの基本の指導を行っていた。この練習では机を挟んで二人一組でロビングパスの練習が行われた。独創性に満ちた練習でなおかつ非常に有効な練習であった。後半は外のミニスタジアムで6対6の紅白戦を行った。
両コーチがそれぞれの受け持った世代に責任を持って、目的意識をもった練習を行っていたことで、子供たちには集中力があり、練習の雰囲気は「クラブチーム」だった。プレーヤー一人ひとりの意識の高さもすばらしく、一生懸命練習に励んでいた。